胃癌に対する化学療法
-最近の進歩・現状・今後の展望-
静岡県立静岡がんセンター消化器内科部長 朴 成和
I. 切除不能・再発胃癌に対する化学療法
・これまでの歴史:1990年代
Best Supportive Care(BSC)とFAMTX (5-FU + Doxorubicin + Methotraxate)の比較試験では、FAMTXはBSCに比べて生存期間の延長(MST: FAMTX 10ヶ月、BSC 3ヶ月)が得られると報告されるなど、切除不能再発胃癌に対する化学療法の延命効果は明らかである。世界的に5-FU + Cisplatin (FP)療法が最も広く用いられているが、本邦で施行された5-FU持続静注療法(5-FUci)とFPとUFT + Mitomycin Cの併用療法の比較試験 (JCOG 9205)では、生存期間においてFP療法群と5-FUci療法群の間に差を認めなかった(生存期間中央値(MST): FP 223日、5-FUci 216日)など、3つの比較試験にて5-FU単独に比べて5-FUとCisplatin (CDDP)を含む併用化学療法は延命効果を示すことはできなかった。このように、世界的に認識された表運治療は確立されていなかった。1990年代後半には、S-1、Irinotecan (CPT-11)、Paclitaxel、Docetaxelなどの有効な薬剤が開発され、これらの位置づけを明らかにするための試験が展開された。
・最近の進歩:2000以降
2007年ASCO (American Society of Clinical Oncology)において、本邦から2つの第III相試験、JCOG9912試験とSPIRITS試験の結果が報告された。JCOG9912試験は、切除不能・再発胃癌を対象に、5-FU療法を対照群としCPT-11 + CDDP療法の優越性とS-1療法の非劣性を検証する試験であり、MSTは、5-FU群/CPT-11+CDDP群/S-1群は10.8/12.3/11.4か月と5-FUに対するCPT-11+CDDP 療法の優越性は示されず(p=0.055)、S-1療法の非劣性が示された(p<0.01)。一方、SPIRITS試験では、MSTはS-1群/S-1+CDDP群は11.0か月/13.0か月とS-1+CDDP療法の優越性が示された(p=0.037)。この結果を受けて、5-FU < S-1 < S-1+CDDPが示されたことになる。また欧米では、5-FUに対するCapecitabine、CDDPに対するOHPの非劣性が証明され、これらの結果より、本邦を含めて世界的にも(経口)プラチナ系+フッ化ピリミジン系薬剤の併用療法が切除不能再発胃癌に対する標準治療であると認識されている。
2009年ASCOにて、HER2陽性切除不能・再発胃癌に対する5-FUまたはCapecitabine+CDDP併用(FC)療法に対するtrastuzumab(T)の上乗せ効果を検証する第III相試験(ToGA試験)の結果が報告された。HER2はEGF受容体ファミリーに属する膜タンパク質であり、その細胞質領域にチロシンキナーゼ活性を有しており、HER2タンパク質の過剰発現は癌細胞の増殖の亢進、転移能の上昇など癌細胞の悪性化と関連することが非臨床研究から示されており、従来、乳癌ではHER2過剰発現例は予後不良であると言われていたが、trastuzumabの登場により、逆にHer2発現例のほうが予後良好になった。ToGA試験の結果、MSTは11.1か月/13.8か月(p=0.0046)とFC+T群の優越性が示された。HER2は、免疫染色で3+かつ/またはFISH陽性と定義され、胃癌全体での陽性率は10-20%にすぎないが、胃癌領域で初めて分子標的薬剤の有効性が示されたと同時に個別化医療の幕開けと考えられる試験であった。
II. 術後補助化学療法
2007年本邦から、Stage II/IIIの進行胃癌に対して、治癒切除後S-1(80mg/m2、4週内服、2週休薬)を1年内服する群と手術単独群との比較試験によって、S-1内服群の3年生存率が10%良好であると報告された12)(手術単独群70.1%、S-1群80.1%図3)。この結果により、少なくとも本邦においては、stage II/IIIの進行胃癌に対する治癒切除後のS-1による補助化学療法が標準治療として確立したといえる。Stage II、IIIA、IIIBのいずれのStageも10%の3年生存率の向上が得られた。
III. 今後の展望
上記のように、標準治療が確立し、分子標的薬が登場したことをうけて、現在もBevacizumab、Cetuximab、Lapatinib、RAD001、Sorafenibなど、他の癌種にて有効性が確認された薬剤の比較試験が進行中であり、さらなる効果の向上が期待される。
また、これらの分子標的薬のベースとなる化学療法についても、5-FU+CDDPにさらにDocetaxelの3剤を併用したDCF療法は、唯一FP療法に対して優越性を示したレジメンである。しかし、血液毒性が重篤であるため、本邦への外挿は困難であると思われる。最近、Docetaxelを隔週または毎週に分割投与する治療法が検討され、少なくとも毒性の軽減が得られている。投与方法の工夫により最強の化学療法レジメンを得るための比較試験が必要であると考えられる。
2009年ASCOにて、一次治療が増悪などの理由により中止された症例を対象として、CPT-11単独とBSCの比較試験の結果が報告された。これは、世界で始めて胃癌の二次治療による延命効果を示したものであり、上記のように、一次治療だけでなく、二次治療以降も含めた治療戦略の開発が重要であると思われる。
さらに、胃癌は大腸癌などと比較して、ヘテロな病態をとることが知られている。これらの患者・疾患の背景や遺伝子変異・発現などの違いに基づく個別化医療も検討されつつある。
これらの化学療法の進歩は、術前・術後の補助化学療法にも展開され、胃癌全体の治療成績が向上することが期待される。
資料
:「胃癌に対する化学療法」(スライド)
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※本記事は、平成21年11月8日静岡県立大学で行なわれた、第18回薬学卒後教育講座(薬学部・静薬学友会主催)によるものです。
~薬の専門家として安全・安楽な治療を行うためには~
静岡県立静岡がんセンター薬剤部主任 本川 聡
本邦での死亡原因の第1位である悪性新生物(がん)の対策を推進するために平成19年4月にがん対策基本法が施行された。その基本的施策には、専門的な知識及び技能を有する医師その他の医療従事者の育成や、医療機関の整備といったがん医療水準の均てん化が謳われている。我々薬剤師もチーム医療の一員として、がん薬物療法に関わっていくためにはがん治療やがん化学療法に関する高度で最新の専門的知識が求められるようになった。
今回は、薬剤師として安全にがん化学療法を行うために必要と思われる知識を概説する。
通常、がん化学療法は単剤または複数の抗がん剤について投与日、投与量、投与経路、投与時刻・投与時間などを決め、一定期間内で1つのコースを終了するため、これらの内容について指示可能な項目を整理し、まとめたものをレジメンと呼んでいる。レジメンと類似した言葉にプロトコールと呼ばれるものがあるが、これは対象症例や除外基準、評価方法などを含んだ治療計画書を意味することが多い。安全性と効果が適切に評価されたレジメンが院内の中央で登録・管理されていることは治療計画を遂行する上で重要なことであり、薬学的知識を持った薬剤師が、プレメディケーションや輸液を含めたレジメン設計に参画することが求められている。
近年、レジメン管理は電子カルテなどと連携されてシステム化が進んでおり、抗がん剤を含む薬剤の投与スケジュールや休薬期間、投与量のチェックなど、安全にがん化学療法を遂行するための機能が充実されるようになった。しかし、レジメンが院内の中央で登録されていない場合には、抗がん剤が薬剤部に注射箋などによりオーダーされた際に、がん腫や適応レジメンについての詳細な情報を得ることや厳重な薬歴管理が重要となる。我々薬剤師は、このレジメンをもとに医師がオーダーした薬剤の処方監査を行っていくことから、がん化学療法に関わっていくことになる。そして、薬剤の特性を理解して配合変化などに注意し、抗がん剤の曝露予防を行いながら安全に薬剤を調製していく必要がある。
このような安全管理のもとで抗がん剤が供給されても、腫瘍縮小や延命効果と引き替えに、消化器毒性や骨髄抑制などの薬物有害反応がほぼ全例に認められる。したがって、薬剤師は患者への薬物有害事象の情報提供や、その対策を講じるためのスキルが求められる。そのためには薬物のプロファイルや、有害事象の発現部位・発現時期などを理解していることが必須となる。抗がん剤による悪心・嘔吐や骨髄抑制は、がん化学療法を受ける患者にとって脱毛と並んで治療の開始や継続を左右する大きな問題となることがある。しかし、有害事象に対する支持療法は1990年代前半に5-HT3受容体拮抗剤や顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF製剤)が本邦で承認され、患者のQOL向上や計画的な治療の実現などに大きく貢献することとなった。悪心・嘔吐のマネージメントは、発現機序や催吐作用の強さを理解しておくことで、治療開始前後に症状緩和を図ることが可能となることや、レジメンを作成する際の参考となる。さらに、骨髄抑制によって生じる好中球減少は感染症のリスクを増加させ、敗血症などの重篤な感染症を発症させ生命を脅かすこともあるため、G-SCFの適正な使用方法や抗菌薬の投与方法を理解することも有害事象の症状緩和には必要である。
薬剤師は、がん化学療法におけるチーム医療の一員として、抗がん剤を吸収・分布・代謝・排泄といった薬物動態学や薬力学観点から検証することができる職種である。このため併用薬との相互作用などを理解し、最新の情報を収集する努力をしなくてはならない。1993年に抗がん剤との相互作用により、発売後40日間で15名もの死亡者を出した「ソリブジン事件」が起こった。これは、ソリブジンの代謝物がフルオロウラシル系抗がん剤の代謝を阻害し.フルオロウラシル系薬剤の血中濃度を高め,作用を増強したために起こった薬害である。我々は、このような医薬品の副作用による犠牲者を出さないためにも、薬剤師としての役割を果たしていく責務がある。
さらに、今後我々薬剤師が、がん化学療法に関わっていかねばならない領域は、薬剤師によるエビデンスの構築が考えられる。静岡県下では、
10施設が参加した薬剤師主導による多施設共同臨床試験が行われた。このような臨床試験の結果をもとに、薬剤師が医師や看護師に対して情報提供を行っていくことが将来的に必要と思われる。
このように、がん治療を行うための基本知識を提示したが、臨床の現場ではこの他にも様々な状況に遭遇することがある。最終的に安全で安楽ながん治療を行うためには、スタッフ間のコミュニケーションを密にする事であり、常に同じ情報を共有し合うことが大切である。
資料:
「がん薬物療法における薬剤師の関わり」(スライド)
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※本記事は、平成21年11月8日静岡県立大学で行なわれた、第18回薬学卒後教育講座(薬学部・静薬学友会主催)によるものです。