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2010年12月15日(水)15時57分

 薬学講座(4)子宮がん治療の現場から~薬物療法の貢献と課題~


子宮がん治療の現場から 
~薬物療法の貢献と課題~
 
静岡赤十字病院産婦人科
日本がん治療認定医機構がん治療認定医 市川 義一

 



従来, 子宮がんは手術による摘出と放射線療法が治療の中心をなし, 化学療法などの薬物療法は再発治療などに限られていた. しかし, 現在では子宮頸がん(以下頸がん)に対して, 予防ワクチンの登場や放射線化学療法による根治的放射線療法予後の改善, 術後補助療法としての化学療法が注目されている. また, 子宮体がん(以下, 体がん)では, 高用量黄体ホルモン療法による妊孕能温存療法の試みや術後補助療法が世界的に放射線療法から化学療法にシフトしつつあるなど, 薬物療法が子宮がんの予防から治療予後の改善に至るまで幅広く用いられている.
 
1)           子宮頸がん
検診の普及や治療法の進歩により頸がん死亡率は低下してきたため, 「子宮がんは減っている」と誤認されるが, 頸がんは女性に発生するがんとしては乳がんについで2番目に多く, 20-30代では急激に増加している. 定期検診にて早期発見が可能だが, 上皮内癌-Ia1期に進展した場合, 少なくとも子宮頸部円錐切除術が必要である. 円錐切除術は妊孕能温存が可能だが, 術後の頸管短縮に伴い不妊症や早産, 前期破水などの周産期リスクが上昇することが明らかにされている.
近年, 頸がんの原因の99%は子宮頸部へのヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染であることが解明された. 2009年には本邦においてもハイリスク型HPV(16, 18型)に対する2価ワクチンが認可され, 頸がん全体の約80%の原因となるHPVを予防できる. 既に感染しているHPVを排除することはできず, 初交前の女児への接種が望ましいが, 自然感染例の多くは自然治癒, 再感染を繰り返しながら持続感染に至るため, 性交開始後であっても再感染を防ぐことで一定の予防効果は期待でき, 若年女性に対して積極的な接種を啓蒙している.
Ia2期-II期の浸潤がんではリンパ節郭清を含む準広汎-広汎子宮全摘術または放射線化学療法が必要となる. 早期浸潤癌の治療成績は手術療法, 放射線化学療法ともほぼ同等だが, 治療に伴う合併症のプロファイルが異なる. 手術療法では卵巣機能の温存(腺癌を除く), 性交能の温存(放射線療法では膣が萎縮し性交不能となることが多い)が可能であり, 放射線の晩発障害が懸念される20-40代前半の若年症例で選択されることが多い. また, Ia2-Ib1期に対して子宮頸部および傍子宮結合織, リンパ節を広汎子宮全摘術と同様に摘出し, 体部および卵巣を膣と縫合し妊孕能温存を図る広汎子宮頸部切断術(radical tracherectomy)も福音となっている. しかし, 排尿障害や下肢リンパ浮腫などを完全に防ぐことはできておらず, これらの合併症や手術侵襲を回避したい閉経前後から高齢の症例では放射線化学療法が選択される. 以前は放射線療法単独であったが, 1999年に化学療法を併用することで死亡率が30-50%減少したとの勧告があり, 放射線療法を行う場合にはCisplatinを中心とした化学療法を放射線とを同時併用することが標準治療となった.
広汎子宮全摘術例においてもリンパ節転移など再発高リスク群と判断された場合には補助療法として放射線療法が, 2000年頃からは放射線化学療法が施行されている. しかし, 放射線単独では遠隔転移が, 放射線化学療法群では重度腸閉塞などの亜急性期から晩発性の障害が高率に発生したため, 現在, 術後補助化学療法(パクリタキセル+シスプラチンやイリノテカン+ネダプラチン)を行う試みもなされているが現時点ではエビデンスは確立していない.
 
2)           子宮体がん
体がんは閉経前後や月経不順の長期持続などプロゲステロンに拮抗されないエストロゲンへの過剰暴露により発生する1型と, 子宮内膜からのde novo発がんによって生じる2型に分類される. 妊娠出産数の減少や食事の欧米化になどにより, 1型体がんの罹患率は年々増加かつ若年化傾向にある. 早期体がんの予後は比較的良好だが, 治療は第一に子宮および両側卵巣卵管の摘出, リンパ節の郭清を行うことにあり, 早期例であっても妊孕能の温存は難しく, 若年症例では治療により失うものは計り知れない.
 ホルモン感受性のある1型体がんに対し, 高用量プロゲステロンを投与することで抗腫瘍効果があることは以前から知られ, Ia期体がんに対する高用量酢酸メドロキシプロゲステロン療法(MPA療法)による妊孕能温存が試みられている. MPA療法は90%近い症例に奏効, 病変消失が得られるため若年体がんの一選択肢となりうるが再発率は約50%と高く, 再発までの期間の中央値は6ヶ月から1年でホルモン療法の反復や子宮摘出が必要となるため, あくまで妊娠出産のチャンスを得るための姑息的治療法との認識が必要である.
 体がんも進行再発例では予後不良である. 術後の再発を減らすために様々な補助療法が行われ, 欧米では放射線療法が補助療法として用いられエビデンスが構築されてきた. しかし, 本邦では化学療法を選択する施設も多く, これまで治療エビデンスが乏しいまま施行されてきた経緯がある. しかし, 2002年に米国婦人科臨床試験グループGOGからIII/IV期体がんに対するAP療法(doxorubicin+cisplatin) vs 全腹部放射線照射の結果, 化学療法の優位性が示され, 日本の婦人科臨床試験グループJGOGの2033試験においてもhigh intermediate risk群に対する術後補助化学療法(CAP療法)が術後全骨盤照射群に比し優位である可能性が示された. また, ヨーロッパのPORTECからは2000年, 2004年に術後放射線療法施行群と未施行群のRCTにおいて, 術後補助放射線療法は局所再発を減少させるものの, 全生存率や死亡率に有意差を認められず, 副作用は明らかに増加したと報告し, これらの報告から体がんの術後補助療法における化学療法の有用性が広く認められるようになってきた.
しかし, 国内における体がん化学療法にはいまだ問題がある. それはもっともエビデンスのある化学療法レジメはAP療法とされている中で, 国内の9割近い施設において卵巣がんの第一選択薬であるTC療法(paclitaxel+carboplatin)が主に用いられている点である. もちろんTC療法が体がんに奏効するとの報告は多く, 有用なレジメであるが, TC療法が治療後再発や全生存期間を改善したとのphase III試験の結果は現時点ではなく, エビデンスレベルの低い中で多くの施設の治療選択が行われていることは問題である. この問題を解決し体がんの標準治療を確立すべく, 現在ハイリスク子宮体がんに対するAP vs TC vs DP(docetaxel+cisplatin)のradomized phase III試験(JGOG2043)が行われ, すでに780例中746例の症例登録がなされており, 結果が待たれるところである. 

資料:「子宮がん治療の現場から ~薬物療法の貢献と課題~」(スライド)
※こちらのスライドは現在調整中です。もうしばらくお待ちください。


※本記事は、平成22年11月21日静岡県立大学で行なわれた、第19回薬学卒後教育講座(薬学部・静薬学友会主催)によるものです。

 

 

 
 
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2010年12月15日(水)15時56分

 薬学講座(3)低出生体重の長期予後-疫学から学ぶこと、その限界と今後の展望-


低出生体重の長期予後
-疫学から学ぶこと、その限界と今後の展望-
 
浜松医科大学周産母子センター准教授 伊藤 宏晃

 



     近年英国を初めとする欧州を中心とした疫学研究から、低出生体重児は成人期あるいは老年期における生活習慣病発症あるいは精神疾患発症のハイリスクである可能性が報告され話題となっている。このような概念は当初、提唱者の名からBarker仮説と呼ばれたが、Fetal Programming仮説、Fetal Origins of Adult Disease (FOAD)仮説などの名称を経て、広く発達期における環境因子が健康や有病率に影響を及ぼすというコンセプトからDevelopmental Origins of Health and Disease (DOHaD)という名称に集約されている。International Society for DOHaDにより、2011年9月には米国のオレゴン州ポートランドで7th World Congress of DOHaDが開催される予定である。
一方、我が国では低出生体重児の出生が増加の一途をたどり今や年間約10万人に達している。しかしながら、現在において産科・新生児医療において遭遇する個々の低出生体重児に対して、海外の後方視的な疫学研究が果たして当てはまるか否か必ずしもエ ビデンスは充分ではない。さらに、低出生体重の疫学研究の多くは観察研究であり、何らかの介入研究は極めて少ないことから、母体(胎生期)、新生児期あるいは乳幼児期において予防的介入指針を立案するためには解決すべき問題点が多く残されている。例えば、欧州の疫学研究の多くは1920年代から1940年代に低出生体重児として出生した成人の健康や疾病の解析に基づいている。しかし、近年周産期・新生児医療は長足の進歩を遂げ、周産期死亡率あるいは乳幼児死亡率は格段に改善している。さらに、現代の食生活、生活環境は1920年代と大きく異なる。すなわち、欧州における疫学研究の根拠となっている胎児・新生児環境は現代において大きく変化を遂げている。したがって、その疫学研究の結果を現代の産科・新生児医療にあてはめることの妥当性について何らかの検証が必要であると考えられる。本講演では疫学研究から学ぶべき事、ならびに具体的な介入指針を作成するために解決すべき問題点、さらに今後の検討課題について概説したい。

 

 

 

資料:「低出生体重の長期予後-疫学から学ぶこと、その限界と今後の展望-」(スライド)
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※本記事は、平成22年11月21日静岡県立大学で行なわれた、第19回薬学卒後教育講座(薬学部・静薬学友会主催)によるものです。

 

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