2009年12月28日(月)15時40分

 薬学講座(2)胃癌に対する化学療法-最近の進歩・現状・今後の展望-


胃癌に対する化学療法
-最近の進歩・現状・今後の展望-
 
静岡県立静岡がんセンター消化器内科部長 朴 成和
 
I. 切除不能・再発胃癌に対する化学療法
・これまでの歴史:1990年代
Best Supportive Care(BSC)とFAMTX (5-FU + Doxorubicin + Methotraxate)の比較試験では、FAMTXはBSCに比べて生存期間の延長(MST: FAMTX 10ヶ月、BSC 3ヶ月)が得られると報告されるなど、切除不能再発胃癌に対する化学療法の延命効果は明らかである。世界的に5-FU + Cisplatin (FP)療法が最も広く用いられているが、本邦で施行された5-FU持続静注療法(5-FUci)とFPとUFT + Mitomycin Cの併用療法の比較試験 (JCOG 9205)では、生存期間においてFP療法群と5-FUci療法群の間に差を認めなかった(生存期間中央値(MST): FP 223日、5-FUci 216日)など、3つの比較試験にて5-FU単独に比べて5-FUとCisplatin (CDDP)を含む併用化学療法は延命効果を示すことはできなかった。このように、世界的に認識された表運治療は確立されていなかった。1990年代後半には、S-1、Irinotecan (CPT-11)、Paclitaxel、Docetaxelなどの有効な薬剤が開発され、これらの位置づけを明らかにするための試験が展開された。
 
 ・最近の進歩:2000以降
2007年ASCO (American Society of Clinical Oncology)において、本邦から2つの第III相試験、JCOG9912試験とSPIRITS試験の結果が報告された。JCOG9912試験は、切除不能・再発胃癌を対象に、5-FU療法を対照群としCPT-11 + CDDP療法の優越性とS-1療法の非劣性を検証する試験であり、MSTは、5-FU群/CPT-11+CDDP群/S-1群は10.8/12.3/11.4か月と5-FUに対するCPT-11+CDDP 療法の優越性は示されず(p=0.055)、S-1療法の非劣性が示された(p<0.01)。一方、SPIRITS試験では、MSTはS-1群/S-1+CDDP群は11.0か月/13.0か月とS-1+CDDP療法の優越性が示された(p=0.037)。この結果を受けて、5-FU < S-1 < S-1+CDDPが示されたことになる。また欧米では、5-FUに対するCapecitabine、CDDPに対するOHPの非劣性が証明され、これらの結果より、本邦を含めて世界的にも(経口)プラチナ系+フッ化ピリミジン系薬剤の併用療法が切除不能再発胃癌に対する標準治療であると認識されている。
2009年ASCOにて、HER2陽性切除不能・再発胃癌に対する5-FUまたはCapecitabine+CDDP併用(FC)療法に対するtrastuzumab(T)の上乗せ効果を検証する第III相試験(ToGA試験)の結果が報告された。HER2はEGF受容体ファミリーに属する膜タンパク質であり、その細胞質領域にチロシンキナーゼ活性を有しており、HER2タンパク質の過剰発現は癌細胞の増殖の亢進、転移能の上昇など癌細胞の悪性化と関連することが非臨床研究から示されており、従来、乳癌ではHER2過剰発現例は予後不良であると言われていたが、trastuzumabの登場により、逆にHer2発現例のほうが予後良好になった。ToGA試験の結果、MSTは11.1か月/13.8か月(p=0.0046)とFC+T群の優越性が示された。HER2は、免疫染色で3+かつ/またはFISH陽性と定義され、胃癌全体での陽性率は10-20%にすぎないが、胃癌領域で初めて分子標的薬剤の有効性が示されたと同時に個別化医療の幕開けと考えられる試験であった。
 
II. 術後補助化学療法
2007年本邦から、Stage II/IIIの進行胃癌に対して、治癒切除後S-1(80mg/m2、4週内服、2週休薬)を1年内服する群と手術単独群との比較試験によって、S-1内服群の3年生存率が10%良好であると報告された12)(手術単独群70.1%、S-1群80.1%図3)。この結果により、少なくとも本邦においては、stage II/IIIの進行胃癌に対する治癒切除後のS-1による補助化学療法が標準治療として確立したといえる。Stage II、IIIA、IIIBのいずれのStageも10%の3年生存率の向上が得られた。
 
III. 今後の展望
上記のように、標準治療が確立し、分子標的薬が登場したことをうけて、現在もBevacizumab、Cetuximab、Lapatinib、RAD001、Sorafenibなど、他の癌種にて有効性が確認された薬剤の比較試験が進行中であり、さらなる効果の向上が期待される。
また、これらの分子標的薬のベースとなる化学療法についても、5-FU+CDDPにさらにDocetaxelの3剤を併用したDCF療法は、唯一FP療法に対して優越性を示したレジメンである。しかし、血液毒性が重篤であるため、本邦への外挿は困難であると思われる。最近、Docetaxelを隔週または毎週に分割投与する治療法が検討され、少なくとも毒性の軽減が得られている。投与方法の工夫により最強の化学療法レジメンを得るための比較試験が必要であると考えられる。
2009年ASCOにて、一次治療が増悪などの理由により中止された症例を対象として、CPT-11単独とBSCの比較試験の結果が報告された。これは、世界で始めて胃癌の二次治療による延命効果を示したものであり、上記のように、一次治療だけでなく、二次治療以降も含めた治療戦略の開発が重要であると思われる。
さらに、胃癌は大腸癌などと比較して、ヘテロな病態をとることが知られている。これらの患者・疾患の背景や遺伝子変異・発現などの違いに基づく個別化医療も検討されつつある。
 これらの化学療法の進歩は、術前・術後の補助化学療法にも展開され、胃癌全体の治療成績が向上することが期待される。


資料:「胃癌に対する化学療法」(スライド)
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※本記事は、平成21年11月8日静岡県立大学で行なわれた、第18回薬学卒後教育講座(薬学部・静薬学友会主催)によるものです。









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